色々な人
私の仕事は保健活動で基本的には、『予防』に重きを置いている。
健康を保つこと、病院にかかるまで、かかったあとどう生活していくか、など。
虐待においたって思いは同じだ。
何か起こる前に対策をとりたい、予防したいと考えている。 当然。
虐待は連鎖する。
ニュースで取り上げられるような、大きな事件にならなくても
家族が不安定な中で育つ子どもは、やはり不安定になる。
不安定な家族は繰り返す。
今いる子どもをもっと安定した安心できる安全な環境で・・・と思う。
家族では支えきれないところを周りが関わることで、連鎖をとめたい。
今日も虐待の関係で児童相談所の職員と一緒に仕事をした。
年々増え続けている山のような虐待案件の対応で児童相談所も忙しいだろう。
しかし、毎度温度差を感じるのはなぜだろう。
私たちは何か起こらないうに、起こるリスクや可能性を考慮して
自分たちの危険信号のフィルターにかけ、対応や連携を求めている。
でも、リスクや可能性だけではなかなか腰が重いのが児童相談所。
何か起こってから対応しようという風に感じられてならない。
(私が時に感じることであって、批判ではないのよ。
ソフトもハードも少ない中で、 児童相談所の職員ももちろん頑張っていると思う。
絶対的に必要な機関だしね。)
だからね、やきもきするんです。
虐待対応、虐待ケースを抱えているときは本当に引きずってしまう。
この仕事をするようになって、世の中の陰鬱とした部分もたくさんみて
対象者と関わっていると『色んな人がいる』とつくづく感じる。
『色んな人がいる』
確かにこれしかないと思う。
他人は変えられない。
そこにある現実そのままを受け入れるしかない。
しかし、これでいいのか。
やはり考えずにはいられない。

2 comments:
「他人」と「過去」は変えられない。変えられるのは「自分」と「未来」だけ。
看護・保健というものは、「他人」が『より良い方向』へ変容するのを手助けする仕事。変えられない「他人」への試みだから、それは高い高い壁が待ち受けている。
でも、「未来」は変えられる。
『神はその人に乗り越えられない試練を与えない』そうです。
『光』を見つけることを切に願うと共に、出来る限りの協力を惜しみません。。
どうもありがとう。
「他人」は変えられない。
この仕事をしていると、このことを思うことが多いです。
光はすぐそばにたくさんあるはずなのに、
ついつい闇ばかりに目がいってしまうのは、
私の悪いところです。
多くの人の未来がよりよい方向へ進むように願いながら、
私も努力を続けたいと思います。
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