訓練
コミュニケーションが得意のような言い方になってしまったので
ちょっと訂正。
『聴く』ことにおいては、訓練を積んだので多少は得意かもしれないが、
伝えることは?と言われるとそれほどでもないと思うし、
仕事ではできても、 プライベートではできないこともある。
得手不得手があって、
何事も訓練が必要なんだなと思う。
このブログを書くことも、
私にとっては訓練のひとつ。
コミュニケーションが得意のような言い方になってしまったので
ちょっと訂正。
『聴く』ことにおいては、訓練を積んだので多少は得意かもしれないが、
伝えることは?と言われるとそれほどでもないと思うし、
仕事ではできても、 プライベートではできないこともある。
得手不得手があって、
何事も訓練が必要なんだなと思う。
このブログを書くことも、
私にとっては訓練のひとつ。
by
Sally
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コミュニケーション研修。
就職2,3年目職員を対象とした参加義務の研修を受講した。
民間コンサルティング会社の講師による講義。
『聴く、訊く、伝える』がテーマ。
「ビジネスにおいて相手の信頼を得るために、集中して話を聴く必要がある。
しかし、集中して聴くことは難しい。
なぜなら集中して話を聴くとは、話を聴きながら他のことを考えるため。
話を聴きながら、相手を評価している、次に自分が話すことを考えている、次の質問を考えている、全く違うことまで考えている等。
そして傾聴とは、相手のために聴くこと。
耳、目、心を使い相手の言葉、意志、気持ちの全てを聴くこと。」
といった講義内容。
今回の研修で、『聴く』がテーマの演習やグループワークにおいて
私は思いの他、好成績であった。
というか、他の面々は『聴く』ことに苦戦をしている様子だった。
大学時代、この『傾聴』という言葉を教師から何百回も聴き、
身をもってそれがどういうことなのか教えられた。
私の仕事はコミュニケーションなしには語れず、
その中でもこの『集中して聴く』という行為は毎日のように行っている。
知らず知らずに、鍛えられていた。
『聴く』ことを勉強するなんて、不思議な感じがする。
しかし、他人の話を『聴く』という行為は意外と難しい。
これができない大人がいかに多いか。
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Sally
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Ke Ala O Ke Ao というフラ教室のホイケ(発表会)を観賞。
クムであるカヒキナ、カラニの想いが詰まっていることを強く感じられるホイケで、
先輩の踊りもとても美しく、素敵だった。
カヒキナ、カラニやゲストのロパカのフラは、優雅というだけでなく、力強く、
心からフラを楽しみ、愛しているといった気持ちが伝わる踊りで、
あんな風に踊れるのはやはり彼らがハワイアンだからなのかな
ということを感じた。
ますますハワイに行きたくなりました。
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Sally
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私の仕事は保健活動で基本的には、『予防』に重きを置いている。
健康を保つこと、病院にかかるまで、かかったあとどう生活していくか、など。
虐待においたって思いは同じだ。
何か起こる前に対策をとりたい、予防したいと考えている。 当然。
虐待は連鎖する。
ニュースで取り上げられるような、大きな事件にならなくても
家族が不安定な中で育つ子どもは、やはり不安定になる。
不安定な家族は繰り返す。
今いる子どもをもっと安定した安心できる安全な環境で・・・と思う。
家族では支えきれないところを周りが関わることで、連鎖をとめたい。
今日も虐待の関係で児童相談所の職員と一緒に仕事をした。
年々増え続けている山のような虐待案件の対応で児童相談所も忙しいだろう。
しかし、毎度温度差を感じるのはなぜだろう。
私たちは何か起こらないうに、起こるリスクや可能性を考慮して
自分たちの危険信号のフィルターにかけ、対応や連携を求めている。
でも、リスクや可能性だけではなかなか腰が重いのが児童相談所。
何か起こってから対応しようという風に感じられてならない。
(私が時に感じることであって、批判ではないのよ。
ソフトもハードも少ない中で、 児童相談所の職員ももちろん頑張っていると思う。
絶対的に必要な機関だしね。)
だからね、やきもきするんです。
虐待対応、虐待ケースを抱えているときは本当に引きずってしまう。
この仕事をするようになって、世の中の陰鬱とした部分もたくさんみて
対象者と関わっていると『色んな人がいる』とつくづく感じる。
『色んな人がいる』
確かにこれしかないと思う。
他人は変えられない。
そこにある現実そのままを受け入れるしかない。
しかし、これでいいのか。
やはり考えずにはいられない。
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Sally
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なぜだか知らないが、私が担当している地区は虐待が多い。
今週はほぼ毎日虐待の対応に追われているという感じだ。
対象者と会っても、関係者と会っても、
くそぅとか、なんでだよとか、はぁとか、何なんだよとか
そんなことばかり思う。
今日は家に帰っても料理をしながら、やっぱりあれは・・・とか考え出したりして
玉葱を切るのに力が入ってしまったりしている自分に気づいた。
病気にもなりきれないワタシは、結局とても健康なんだと思うけど
まぁこんな毎日は、精神衛生上良くはないよなとは思っている。
子どもは希望だ。
くそぅ。くそぅ。全ての命が、全ての子どもが安全で、安心できる環境で生きてほしい。
私が思うのはそれだけなんだけど。
どうしたらいい。
個別の対応だけじゃなくて、もっとできることはあるのかな。
ペーペーの私は地道にひとつひとつやってくしかないか。
いや、あるとは思うんだけど。
頑張らなきゃと思ってみたり、あーもう辞めたいと思ってみたり、
なんなんですかねぇ。
どうしたらいいですかねぇ。
私もテーマがほしい。
これに向かって突き進めるというヤツ。
なんだろうなぁ。
by
Sally
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